ヴィータ・セルフクラッシュ

今日は組合役員の会合だったのですが、
 
えーと…、結論から言うと…、欠席しました!

そのとき彼は、気が急いていた。
仕事上の凡ミスで、新聞社への資料提供をしそこなったために30分だけ残業をする結果となった。普通の日であれば、まだまだ帰ろうなどとは露ほども思わなかったに違いない。しかし彼には6時半からの会議があった。くたびれた身体を奮い立たせ、遠い方の駐車場に駐められていたピンク色の車に乗り込んだ。
押し殺したようなあくびが、1つこぼれた。
いつ始まったのかわからないほど続いていた微熱と、運動をした後のような気だるい睡魔が、ピンク色の車を駆る彼を悩ませた。その車は、郡内を東西に貫く国道を、ゆるやかに蛇行する光の川の一部となって流れていた。家路につくためのドライブであれば、どこか広い駐車場の片隅に侵入して、わずかな睡眠を貪ったかもしれない。しかしこれは会議に向かうための「出張」だった。
もう1つ小さなあくびをこぼし、一寸、記憶が途切れた。
ふたたび時が動き出したころ、右手のホームセンターへ立ち寄るために右折待ちをしている車が視界に飛び込んだ。しかしそれは、ピンク色の車を駆る彼にとって、驚くほど意外な位置に停まっていた。近すぎる! 前方の車とは10メートルと離れていない。にもかかわらず、あちらは停止しており、こちらは毎時60キロで走っていたのだ。
彼は、彼の右足が何かのペダルを踏みしめたのを感じた。それは、力の限り踏みしめた。だがしかし、ペダルを踏んだだけではまだ足りないということも知っていた。危機を逃れるためには、その手に握られたハンドルにも意思を伝える必要があった。停止した車を避けようと、ハンドルが思い切り左に切られた。
中央線いっぱいに寄せられた右折待ちの車と、外側線のさらに外側に置かれた縁石の間には、ピンク色の車が1台、滑り込めるだけのスペースがあった。それはまさに、危機を逃れるために用意されていた突破口であった。その間隙を縫ったかのように見えた車は、だがしかし、鈍い音を立てながら、その頬を縁石に打ち付けた。
右折待ちの車を、ちょうど一台分追い越して、ピンク色の車は停止していた。
次にペダルから力を抜いた時、クリープ現象で徐々に進み出ようとするはずの車体は、そのまま動き出そうとしなかった。不思議とショックは感じなかった。最も起こしてはならない何かだけは避けられたような感じがした。あとはなるようになるだろうと思った。
車を降りようとして彼は、6時半の予定を思い出し、1人で苦笑した。